友のシッタイ

相模原メモリアルパークに急に思い立ち、62歳で肺癌で亡くなった友人Tさんの墓参りに来た。私も今年で62歳になる。多分2年前、肝臓に癌がみつかり手術したが、今回の定期検査で肺に転移しているのが見つかり入院まで一週間を切った、その心ぼそさからだろうか。それとも……。

川魚の鯉はオスで鮒がメス。刺身とかの生ものは、ナマモノと読まず、イキモノと読んでいた。それを人前で話した覚えもある。そのことを注意または指摘してくれる友人、知人は誰もいなかった。悪ガキだった私に遠慮して言えなかったのだろう。

指摘してくれたのは高校二年生のときの一年先輩、Y子さんだった。そのときは憧れのマドンナに話しかけられ、天にも上がる気分だったのを覚えている。

自分にもそんなことがあったにも関わらず、私は言えなかった。

それはサラリーマン時代。ある建築会社の係長だった私は、下請け会社社長のTさんと、下請けさんだが、それぞれ会社の違う職長二人と、千葉県浦安市にある協力工場にTさんの運転する車で打ち合わせに行ったときのこと。

泊まりも覚悟していたが、スムーズに問題もなく終わり、その帰り道だった。京葉道路に入りしばらくすると、渋滞情報が掲示板に表示されていた。

「これより10キロ先、シッタイか」と、運転してるT さんが言った。

私は最初、彼がふざけてるのかなと思ったがそんな素振りも見えない。後ろにいる二人も戸惑っているのが、助手席に座る私にそれとなく伝わってきた。

運転している当人はそれに気づかない。

私が言うべきだった。

「またまたT さん、ジュウタイをシッタイなんて、上手いなあ。オヤジギャグもほどほどに」とか、笑いながらでも。

だが言えなかった。

そんなことは後で言えばいいことだし今、会社の違う二人の職長の前でTさんに恥をかかせたくないと思ったのか?

それを指摘することによって中学しか出ていないTさんが、私に恥をかかされたと思われやしないかと、勝手に私が勘ぐったからか? それもあるにはある。が、

本当は課長になるには、下請け業者の推薦等も考慮されることを意識した、自分の打算的さがそうしたのだ。計算した卑屈な自分に、今更ながら腹が立つ。長い付き合いでそんなT さんであるはずがないのに……。そのとき私が注意していれば一度で済んだことを……。Tさんはその後何回繰り返したのだろう。

まわりに生えた草を引っこ抜きながらそんなことを思い、流れる汗と何かを、首に巻いたタオルでふく。

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