「あず坊」
リサイクルショップでやっと探しだし、買っておいた広沢虎造の ”追分けの時次郎” とか言う浪曲を、うっとり聞いていたババちゃんが、「いがったぁ。いがったぁ」を連呼しながら拍手し終わると、俺を呼んだ。
「なに? ババちゃん」
「なんでだべなー? この道路。信号が、一つもねぇ」
「この道路はー。高速道路ってえゆってえ、お金払って通る道路なんだあ」
「そうがあ。たいしたもんだなぁ」
福島の田舎から初めて東京に来たババちゃんは、それこそカルチャーショックで、「オラたまげだー」の連発だ。
念願の、お袋に連れられ行ったコマ劇場で ”二葉百合子ショー” を見て、興奮のあまりか熱をだし、やっと回復したと思ったら田舎が恋しくなったのか、
「けえりでえ 」と言い出した。
仕事も一区切りついたし、有給休暇もたまりっぱなしだ。車もバッチリ新車。ババちゃんの送りをかってでた。
次は那須高原サービスエリア。
「ババちゃん。腹減ったべ。俺、トイレにもよりたいし」
俺に手を引かれ、石段を上るババちゃんの足取りは意外としっかりしてる。
先にババちゃんをトイレに案内する。
「便所がいっぺえあっでぇ、ビックリこいだー」
俺もトイレ済ませ、
「さて、何食べようか?」
「何だってぇ、でげえ食堂だべなぁ。オラ迷子になりそうだあ」
えのき茸入りソバのチケットを二枚買う。
2018年10月8日(月) 体育の日。
車で田舎を訪れるのもこれが最後と思い、東北自動車道で向かう。
那須高原サービスエリアで、あの日あの時をふと、思う。