束の間のときめき
「新たな箇所に、腫瘍ができてますね」
三年前に肝臓癌を患い入院して手術。その後の経過観察として半年に一度のCT検査で新たに膀胱に腫瘍が見つかった。経尿道的膀胱腫瘍切除術手術という手法で手術したのが四ヵ月前。トホホ、また入院してあの辛さを味わうのか。
「ドウシタさん?」
明日の手術に気が滅入って、ベッドに横になってる私に、看護師長が声をかけてきた。
慌てて起き上がる。
「あっ、そのままでも……。今よろしいですか?」
「はあ、何でしょう?」
「実は、学生の看護実習をドウシタさんにお願いしたいのですが、どうでしょう?」
看護実習のモデルになってくれと、いうことか。なんせ私は二回目だからなあ。
「いいですけど」
深く考えず即答した。
「三条さん」すかさず看護師長がカーテン越しに声をかけると、現れたのは広瀬すず似の女性。
「三条です。よろしくお願いします」
ここの大学病院の看護師は美人ぞろいで有名だが、私の好きな女優に似ているとは、ラッキー。
「こ、こちらこそお、よろしく」年甲斐もなくドキドキ。
私の前に手術する予定の人がキャンセルになったとかで、手術が一時間早まるとのこと。カミさんに手伝ってもらい急いで手術着に着替え、血栓予防の弾性ストッキングをはき病室で待つ。
「二時半って言ったのに……呼びにこないわね」
カミさんが腕時計を見ながら不満そうに言った。
「そうだなあ。何か手違いでもあったのかな?」
結局呼ばれたのは当初予定時間の三時半だった。
「あなた、がんばって」
「うん、……」
“まな板の鯉” の心境で、手術室に向かう。
全身麻酔での手術。
「ゆっくり息を吸って」
吸った。
「ドウシタさん。ドウシタさん。終わりましたよ」
ボーっとした意識のなかで最初に目に入ったのは、カミさんの心配そうな顔だった。
「ロッカーに着替え入れておいたから。じゃあ私、帰るね」
カミさんが帰ると何故か心細くなってきた。術後の最初の夜は辛く、痛み止めを点滴に入れてもらうが一時的な気休めにすぎない。定期的に来る痛みに、”オレは負けないぞ。オレは負けないぞ” と呪文のように繰り返し、夜明けを待つ。
午前六時。パッと目の前が明るくなる。看護師さんが病室の電気を点けて回るのだ。
「ドウシタさん。体温、計っておいて下さいね」
「はーい」気のない返事をする。
朝食も食欲がなく、牛乳だけ飲んだ。
回診後、「ドウシタさん。お体を拭いて着替え、お手伝いしますね」
担当看護師の湯川さんが、実習生三条さんと一緒に病室に入ってきた。
「着替え、ロッカーにありますから」
三条さんが私の着替えをロッカーから取り出しテーブルに置く。
「では三条さん、はじめて下さい」
「お願いします」恥ずかしいなんて言ってられないけど……確か二、三分で終わるはずだ。
三条さんが慣れない手つきでお尻の下にパットを敷いた。湯川さんはサポート役なのだろう。
「清潔を保つため、陰部を洗います」棒読み口調の三条さん。
オチンチンと尿管の周りに生暖かいお湯がかけられ、指で洗われ始めた。
(おい、おい。やけに丁寧に洗うなぁ。ん? あれれ……)
やさしさに包まれていくようなあの感覚。「大丈夫。警戒しなくていいのよ」と、ささやいてくれた天使。若かりしころ初めて先輩に連れていかれた川崎での、あの私が、「お久しぶりー」と、よみがえりそう。
なんということだ、昨日手術したばかりなのに!
「痒いところ、ありませんか?」
三条さんが優しく聞いてくる。
「せ、背中に痒いとこあります」慌てて言い、「イテテテ」尿管が引っ張られて激痛が走るにもかかわれず横を向く。湯川さんが尿管が外れるとでも思ったのか私のオチンチンを、ギューっと握った。
「ワォー」
術後三日目になると、膀胱内洗浄の点滴が外され大分楽になってくる。
「ドウシタさん。趣味は何ですか?」
三条さんは病室にくるたび、患者さんとコミュニケーションの実習なのか、やたら話しかけてくる。
(ようし、ここは挽回のチャンスだ。一皮も二皮もむけた男の渋さを、見せなきゃ)
「うーん、趣味ねえ……。小説とかエッセイとか、書くことか、なあ」
もったいぶって答え、ついでに入会している同人誌についても話す。
「えっ、小説をお書きになるのですか! 同人誌にも投稿されて、凄い!」
「いやいや、そんなー。大したものじゃ、ないですよー」
三条さんの反応に気をよくした私は、いっぱしの作家にでもなった気分になり、見直すために持ってきた書きかけの単編を、「よかったら、読んで下さい」と、三条さんの手を握らんばかりに渡した。
「いいのですか-? 今晩さっそく読ませてもらいます」
次の日。
担当看護師湯川さんの血圧測定の後に、実習生三条さんがきて再度同じことをしたあと、「感動しました。最後の文章で、もっと続くのかなあと思ったけど、これでいいのですね。あとは読者に想像させる、さすがです!!」
(おー、まさにそのとうりだ。ちゃんとわかってくれたんだ)ジーンと目頭が熱くなるのを、自覚する。
術後五日目になり尿管が外された。回診にきた担当医が、
「経過は良好ですね。明日退院してもいいですよ。なにしろ入院する患者さんが多くて……」と、多少愚痴めいた言い方で話した。
退院のとき挨拶にきた三条さんに、遠慮ぎみにブログのアドレスを教える。
「わーい、やったー。楽しみが増えまーす」
嬉しくて涙が出そうになりテーブルにある、布巾がわりに使ってるハンカチで鼻をかむ。
退院して三日過ぎたのに、三条さんが私のブログを開いた形跡がない。実は私のブログを、誰が開いたまではわからないが、いつ開いてどの作品を閲覧したかを表示する、アプリがあるのだ。
(研修で忙しくて、見る時間が取れないに違いない)
一週間、二週間たったが……。
“期待した思い” がコロコロ、コロコロどっかにいった。
「くたびれた老人の書いた小説なんて、若い娘さんが読んでくれるはずがない。この色ボケじじいメー」と。
後期
退院して二回目の通院治療の日、終わって会計を済ませバス停に向かう病院の通路で、昼食に行くのか前方から三人の看護師さんが歩いてくる。中の一人が三条さんだった。
私は下を見ながら、素知らぬ顔で通り過ぎようとした。が、
「あら、ドウシタさん。その節はお世話になりました。ブログ見てますよう」と、彼女が声をかけてきた。
「あっ、三条さん。ありがとう。嬉しいなあ」
彼女はきっといい看護師さんになるだろう。
でも、
一抹の寂しさが……。
完
ドウシタ様とお呼びしてよろしいのでしょうか?高梅仁と申します。先日来、ツイッターのフォローをいただき、また、たくさんの♡を押していただきまして、ありがとうございます。呟き更新があれば御挨拶申し上げようと思っておりました。本日は、プロフィールの方からお邪魔させていただきました。さっそく拝読し、ドウシタ様の現在のご様子をうかがい知ることになったところです。体調に関しては素人が軽々しく申し上げる事ではありませんが、今後も短編を執筆されたりツイッター上で呟いたりということが快復と若さの保持に繋がると良いですね。引き続き宜しくお願い申し上げます。
読んでいただきありがとうございます。最近ブログ開いてなかったので高梅さんよりいただいたコメントいま開いたところです。重ねてありがとうございます。