初めての同窓会

何か嫌な夢でも見たのか息苦しくて目が覚めた.

(あー、腹へった。お袋どこにいったんだー。庭で花に、水でもやってるのかな?)

傾きがかったこの家。玄関引き戸もスムーズに開いてくれない。やっと耳障りな音をたて開いたが、庭にお袋の姿はなかった。ついでに郵便ポストをのぞくと、ガス代や電気料金の督促状といっしょにハガキが1枚混じっている。他のものはそのままのしてハガキを取り出し裏を見た。

(何々、同窓会のお知らせだと。へえー、初めてだ。こんな案内状が俺にくるなんて。住所どうやって調べたんだ? 誰も知らないはず。『このたび〇〇高校〇〇年度卒業生同窓会を〇月〇日午後6時より、上野〇〇亭にて、おこないたいと存じます。尚、当時をしのぶため、制服着用でお越し下さい』か。何をいまさら。それに今日の、今日とは。ふざけてる)

破り捨てようとした。

(まてよ。あいつらを見返す絶好のチャンスかもしれないぞ。なにしろ俺の処女作が、講演社の新人賞にノミネートされたんだからな。あの頃クラスの奴ら、俺を散々イジメ馬鹿にしやがって。会費は、えーと無料。行ってみるか。制服どこに仕舞ったかな? お袋どこに行ったんだー、こんなときに。あれ、腹減り過ぎたかな。目の前がチカチカして倒れそうだ。ダメだ……)

気が付くと歩いていた。

(いつのまに家を出たんだろう? 記憶にないな。まあいい、きっと久々に出かけるから浮かれていたんだ。制服もピッタリ。身長、体重、変化なしか。少し照れ臭いが高校生にかえった気分になるよ。この界隈、修学旅行で来た場所だ。ちっとも変ってないな)

『〇〇高校同窓会・会場』ああ、ここだ。

(この建物には見覚えがある。なんだ、修学旅行で泊まった旅館じゃないか)

なるほど、趣向が凝ってる。

「いらっしゃいませ」

(この中居、あのときの人じゃ? 違うな、若すぎる。それにしても何だ、この不愛想な表情と態度。接客教育がなってない! 案内状のハガキ見せろだと。まったく)

「こちらです」

長い廊下を通り、明かりの洩れている部屋の前に案内された。もう宴会が始まっているのだろう、ワイワイガヤガヤ騒がしい。襖を開けた。

「あら、遅かったじゃない」

まるで待っていたかのように、馴れ馴れしく高校時代の制服を着た見覚えのある女が近づいてきて、急き立てるように俺の手をとり、彼女の隣の席に座らされた。

(誰だっけ、この女。洋子だったかな? 違うな。喉まで出かかっているが、名前が出てこない)

ざっと見まわすと見慣れた顔がある。みんな制服を着ているので、当時にタイムスリップしたような感覚にとらわれる。

(あ、いたいた、亜矢子が。隣にいる野球部のキャプテンだった男、あれ、また名前が……まあいい。そのうち思い出すだろう。あの野郎、俺が亜矢子と付き合ってるのを知ってるくせに、ちょっかいだしやがって。亜矢子も亜矢子だ。あいつと付き合いだすとは)

「さっきから何、ブツブツ言ってるのー」

隣の女がビールを注ごうとしていた。

「ゴメン、ゴメン。初めての参加だし懐かしいからさ。みんな変わらないから……ま、驚いてるんだよ」

(とはいえ、亜矢子以外誰1人名前を思いだせないが。ふん、名前ぐらいどうってことない。過去の嫌な思い出と共に忘れてよう。これからだ、俺の人生は)

女は俺のコップにビールを注ぐと、「聞いたわよー、〇〇社の新人賞だったかな? ノミネートされたんだってえ?」

(おかしい。誰にも言ってないはずだが? まあ、これだけインターネットが発達した情報社会だ。ありえることだし、自分から言い出さくてむしろよかった)

「もう噂が流れてるのか、まいったなあ。まだ決まった訳じゃないんだ」と、自慢げにならないように答え、注いでくれたビールを一気に飲み干した。

女は何か言いたげな顔したが、隣の男にビールを進めながら、「芥川賞、直木賞も夢じゃないね」と言った。

1人だけ背広姿のその男、「まさかお前がねー」と少し馬鹿にした言い方をして“意外だ“という、顔をする。

(こいつ、やけに老けた顔してるな)

「候補には上がってるらしいが、どうかな」さらりと言ったが、いい気分だ。自然と口元がゆがんでくるのを、意識する。

ふと視線を感じ顔を向けた。亜矢子こっちを見ている。

(どうだ。余裕と自信ありげな俺を見て、驚いたろう)

「悪いなあ、名前でてこないんだ」男に向き直り言った。すると男は、酔いのまわった赤ら顔を気にするそぶりもなくビールを空けると、「マナブだよう。忘れたのかー。勉学の学って書くからお前『ガクさん、ガクさん』って呼んだろう」

(そんな名前のヤツ、同じクラスにいただろうか? ああ思いだしたぞ。こいつ英語の教師だった奴だ。俺の英語の発音、嘲笑ったヤツ)

「じゃ、彼も来たことだし改めてもう一度、乾杯といくか」

その男が言い出すと、みんな俺に向かってコップを挙げ、乾杯、乾杯と声を上げた。

(なんだか俺の歓迎会のような雰囲気だ。……いい奴だったんだ、みんな)

『よく来てくれたよね。私たちのこと忘れていなかったよね』と、あちこちからささやく声も聞こえてくる。でも、亜矢子だけは乾杯もせず、俺を挑戦的な目で睨みつけてくる。

(あのこと、まだ怒ってるのかな? 修学旅行でのことを。あれは二日目に泊まった、この旅館でのことだったな)

二人だけになる機会を狙って、亜矢子を空き部屋に引っ張り込んだ。

「このごろ俺を避けてるだろう。あいつと付き合ってるのか? 野球部のキャプテンと」

否定してもらいたい気持ちで聞いた。

「何よ! こんな所に連れてきて。私が誰と付き合おうと勝手じゃない」

すごい剣幕で言い返してくる。俺に気があると思っていたが……。返す言葉もなく俺は黙りこんだ。

「いつあんたの彼女になったのよ。いつも1人でいるからさ。ちょっと付き合ってやっただけじゃない。迷惑もいいとこ。ウサギ口のくせに」

鼻で笑うように吐き捨てた。

(聞いたとたん、思わず彼女を殴ってしまったが、そのあとのことは……ダメだ、思い出せない。きっと怒って先生にでも言いつけに行ったに違いない。あんなこと言ったあいつが悪いんだ。口唇裂で生まれ近所の医者に縫ってもらったが、藪医者メー、上唇に醜い傷跡残しやがって。おかげで子供の頃から『ウサギ口、ウサギ口』ってからかわれイジメられ仲間外れにされてきた。俺をこんな醜い顔に産んだ、お袋を恨むよ。ビール、飲み過ぎたたかな、トイレに行きたくなった。それに気分も悪い。寄ったら帰るとしよう)

「ちょっとトイレ」女に言うと「どうぞ」と膝をつめてくれた。

洗面所に入り用をすまし、洗面台にかがみこみ手と顔を洗い、ハンカチで顔を拭こうと鏡を見たとたん、その場に氷つく。

鏡に写っていたのは、目をカッと見開き、首のまわりがミミズ腫れにタダレている、見知らぬ男。

息が詰まり体が硬直し、頭の神経シナプスがショートした感覚に襲われた。

「だ、誰だ! お前は」叫んだ。

鏡の中の男は、醜い唇をゆがませ、『お・ま・え・だ。お・ま・え・だ。おまえだ・・・』不気味な声が洗面所全体に響き渡る。

(逃げるんだ、逃げるんだ。ここから1刻も早く)

無我夢中でサンダルのまま洗面所を抜け出し廊下にでて、つんのめり、走った。どうにか座敷の前にたどり着き「ホッ」っと安堵の溜息をつく。震える指先で襖を開けた。が、無人の部屋。誰1人いない。各自の前に置かれたお膳はそのままで、今までの喧騒がウソのように静まりかえっている。俺は呆然と立ちすくむ。すると、座敷内が火事場の後ようにみるみる変貌していった。

(何だ、これは!)

その時はまだ余裕のようなものがあったが……次の瞬間、ガレキの中から黒焦げになった人間が湧き出て、俺をめがけて歩いてくる。1人、また1人と。

「うわー」悲鳴を上げ、しりもちをつき、両手と両足で後ずさり必死の思いで廊下に出ると、はいつくばり、息もたえだえになりながら角を曲がった。

「どうされたのですか? お客さま」

ガタガタ震えながら声に向かって顔を上げると、案内してくれた中居が立っている。

「助けてくれー」両足にしがみつき「奴らが来た! 奴らが来たんだー」と、廊下を指差し大声でわめいた。

「奴らって誰のことですか? お客さま。酔ってらっしゃるの?」

(酔ってる? そうか酔ったんだ。もともと俺は酒に弱いほうだ。あれは現実のことじゃないんだ。冷静になるんだ、冷静に)

彼女の両足から手を離し、柱を頼りに立ち上がる。

「あ、あんたが案内した座敷、火事場の後のような有様だ。どう、どうなってるんだ!」

今までの醜態を見られた腹いせも手伝い、語気を強めて言う。すると彼女「私、案内なんかしてません。お客さまとお会いするの今、初めてですけど」と、言うではないか。

(何を白々しい。彼女まで俺をバカにするのか)

「来館したとき案内状のハガキ見せたろう。確認するからって、ほら」

乱暴に制服の内ポケットから取り出し、彼女に突きつけた。

手に取った彼女「お客さま。このハガキ、日付は合ってますけど、10年前のものですよ」

(10年前? 10年前……そうだ。そうだった)

絶句し全てを悟った。今日だったことを。そして今を。

「ああ……」うめき声が洩れ、その場にうずくまる。

「奴らって、こんな顔だった」

見上げた彼女の顔が、ボロボロと崩れていった。

☆        ☆

「被告は当時少年で……いじめを受けていたのは同情の余地はあるが、修学旅行で……上野〇〇苑において同級生、山口亜矢子さんを殺害……証拠隠滅のため放火……付き添いの教師、倉持学さんと同級生13名……従業員1名を焼死させ……許しがたい……よって被告を死刑に処す。

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