ドクトルXのクスリ

あるところにドクトルXという科学者がいた。彼は臓器移植のために人身売買や誘拐が頻発している現状を解決しようと、細胞再生の研究に取り組んでいた。趣味といえるかどうか、好きなテレビドラマを録画しておき、それを見ながら1杯やるのを唯一の楽しみにしていた。

ー(さて、1段落したことだし録画した“マッチ売りのオジサン“の続きを見るとしよう)

ドクトルXはキャビンネットからウイスキーを取り出す。

[前回までのあらすじ]

「場所はパリ。マッチ売りのオジサンは極寒の中に立っていたので、低体温症と手足が凍傷になり道端に倒れてしまう。が、さいわいというべきか、ちょうど通りかかったナチス親衛隊に助けられ……でしたね」

ー(そうだ、そうだ。いいところで終わったからな)

「ナチス親衛隊はマッチ売りのオジサンを助けたわけではなかった。極秘研究所に連れていき、撃たれても死なない、永遠の命を得られるクスリの、4771番目の人体実験に利用した。マッチ売りのオジサンは、自分の運命を嘆き悲しんだが実験は成功し、死なない人間第1号となった」

ー(ますます面白くなってくるぞ。早くつづきが見たいものだ。来週が楽しみだ)

ドクトルXはウイスキーをチビリチビリ飲みながら至福の時を過ごし、録画したドラマを削除しようとした。

ー(待てよ。あのクスリの製造方法の場面、妙に引っかかるものがある。何故だ? 確か、私に似た科学者が、ナチス親衛隊の将校たちに偉そうに説明している場面だったな)

問題の画面を再生してみる。

ー「細胞は傷ついても細胞分裂して修復するが、回数券みたいなもので分裂する回数が決まっている。使いきってしまうとそれでおしまい、ザ・エンドなのであーる」

ー(うん、あってる)

「そこで細胞分裂の回数を増やしてやるか、補充させればいいのであーる」

ー(うん、うん)

「それこそがまだ発見されてないタンパク質、フヤースンダモンネと胚細胞、ナオシテシマウンダモンネなのであーる」

ー(すばらしい。えーと、その設計図らしきものが映っていたのは、どこだっけ? ああ、ここだ、ここだ)

彼は興奮を隠せなかった。

「これが、長年探し求めやっと手に入れ、今回の成功も元となった、レオナルド・ダ・ボクチンという天才が描いた、ナンデモカンデモ万能細胞の塩基配列図とゲノム書き換え設計図なのであーる」

ー(うーむ。あながち架空のドラマとは思えない。あの有名な、レオナルド・ダ・ボクチンとは! ようし、これを真似して作ってみよう。奇遇にもナチス親衛隊と同じ4771回目の挑戦だ)

ドクトルXは寝食を忘れ、没頭した。

ー(ずいぶん苦労したが、ついに、ついに完成した)

彼の目に、涙がキラリと光った。

ー(今はCMの時代だ、さっそく製薬会社に売り込むコマーシャルを作ろう。若いとき女性にモテたい一心で始めたギターが、役にたつときがきたぞ)

《♪アナタもボクもほら君も~♪夢のクスリで永遠の~命、命お~お~手にいれちゃお~よ~♪ さて、さて。薬の名前はなんちゅうのー。クスリの名前はおったまげー “キリガナーイ“ と申します》

爆発的に売れドクトルXは、ノーベル賞を受賞され、名声と共に大金持ちになる。権力やお金をもつと変わるのが人間であり世の常。初心を忘れ、やれキャバクラだセクシーヨガだと連日連夜の大騒ぎ。レオナルド・ダ・ボクチンの幻の名画を、史上最高額で購入したりのやりたいほうだい。

それからどれほどの年月がたっただろう。

[人々のボヤキが街に、国中にあふれだす]

『買えなかった友人、知人が死んでいくのを見るのが辛く、もう耐えられなーい。ワイワイガヤガヤ』

『暇だー。何もかも飽きてしまい、やることがなーい。ワイワイガヤガヤ』

『こんなクスリ、飲まなきゃよかった。ワイワイガヤガヤ』

身体は不老不死でも、心が疲れた人々が街に国中に溢れ出す。

人間は何かを生み出すたびに、何か大事なものを失ってきたのだ。

さらに年月がたった。

今度は別の科学者が、キリガナーイを飲んだ人でも眠るがごとく安楽死するクスリを発明した。彼もコマーシャルソングを作り、さらにCMに抜擢されたタレントが話す口上まで作る。

《♪夢のクスリでドンジャラほい。シャンシャンパンダで大騒ぎ~ほらほらそこの~浮かれる君も~夢、夢のクスリでえ、え~永遠の、永遠の眠りお、お~手に入れちゃお~♪》

『そのクスリの名は、コレッキリ。コレッキリコレッキリコレッキリですよう。本日発売大売り出し! 売り切れゴメンね。さあ、さあさあさあさあさあ金箔棺桶ヨヨイのヨイ。先着30名にプレゼント。さらに、さらにオプションで、これだけ勲章受章者の値画ハル先生と、人間国宝、何田コンナーノ先生の、夢のコラボ作品〈ピカピカ金メッキ骨壺〉を笑顔をもって受付中。そんでまた今から30分以内にお電話されると、もう1個、オ・マ・ケ、しちゃいますよう。お電話、お待ちしております』

ドクトルXはまっさきに買い、金箔棺桶をゲットした。

おわり

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