ボクのもの、アタシのもの
その男は子供のころから自分の物には名前を記入していた。エンピツ、消しゴム、メンコ、ベイゴマと何にでもだ。それは物だけにはおさまらなかった。飼ってるペットに、そして……。
大人になった彼は、政治家だった父親の地盤を引き継ぎ、国会議員になった。でも子供のころからのクセはそのままで、変わったといえば名前の前に《国会議員》と記入することだった。やがて同じ派閥の国会議員と結婚することに。
ドバイに視察を兼ねた新婚旅行に来た。高級ホテルのスイートルームに泊まり、隣で満足げに寝ている妻を見たとたん、「名前を書かなくては」と思った。
帰国するとアマゾンサイトで、特殊な薬品を使わないと消えないインクを購入した。
数日後、目立たないところにと、寝ている妻の右腕を持ち上げた。すると、なんたることか脇に《国会議員イシグロ》と書いてある。「あれれっ」と思いながら左腕を持ち上げてみた。《市議会議員ハシバ》と、これまた書いてある。彼はあきらめ寝た。
ある日、都議会議員補欠選挙の応援演説に駆り出され、演説中に雨が降り出す。
早く終わりたい一心の悲壮感ただよう演説に、時給なんぼの日当で集まった聴衆も感激する。満足してくれた候補者の、ご苦労さん会の神楽坂料亭から公用車で家にかえってきたが、妻はまだ帰っていない。酔いを醒まそうとお風呂に入り、何気なく彼は、自分の右足裏を見た。すると、土踏まずのところに……。
おわり