「出さなかった手紙」
⑴
やっと独身寮から脱出できた。なにかと制約があり先輩風をふかす奴もいて、入居して三年目になるがいまだに馴染めない環境だった。
引越しの整理をしていると、田舎から持ってきて一度も開けたことのないダンボール箱が目にとまる。それは小学校から高校までの思い出が詰まったものだった。懐かしさが募ってまだ整理が出来ていないにもかかわらず開けてしまう。
最初に色褪せた布製のグローブが出てきた。それは小学生のころお袋がお古の着物で作ってくれたもの。感激もひとしを。手に取って見る。左手の指がやっと半分入った。
そのほかにも中学のときの絵とか工作で作った飛行機の模型。それに夏休みの友、通信簿、海底二万マイル、ロビンソンクルーソー、の冒険小説。懐かしいものばかり。
おや、これは何だろう?
クッキーか何かのお菓子がはいっていたブリキの缶。ビニールテープで幾十にもグルグル巻かれている。ところどころ錆びかかっていかにも秘密の箱って感じだ。
だが記憶にない。こんなものがどうしてここに入っているのだろう? 好奇心にかられ机からハサミを取り出し、頑丈に巻かれたビニールテープを切っていった。
松本加代子様宛ての、切手が貼ってない手紙一通と二枚の写真が出てきた。
加代子は高校時代の同級生。好きだった子だ。一枚目の写真は加代子を真ん中にして右側に俺、左側に山際光二がそのころの制服を着て写っている。半袖の白いカッターシャツだから多分夏だろう。二枚目は加代子と俺とのツーショット。彼女は笑いながら俺の手を握っている。俺の表情といったら、戸惑っているのかはにかんでいるのか複雑だ。
おかしい? どうしてこんな写真があるのだろう。いったいいつ写したのだ? 俺にはまるで記憶にない。
加代子は俺の恋人でもなんでもなかった。一方的な恋心はもっていたが、こんなに親しげに写真におさまることなんてないはず。彼女は一年のころから卓球部に入り二年のときに県大会に出場し優勝して我が校の知名度に貢献したはず。ユニホームから伸びる若鹿のような足に見とれながら必死で応援したものだ。
彼女に憧れない男など我が校はもとより他校にもいなかったはず。同じ卓球部の山際とは公認の仲だった。彼とは親友と呼べるほどではないがそこそこ親しい間柄だった。
いったいこの写真はいつ撮ったのだろう。合成写真か? そんなことはないか。俺が加代子を好きだったのは確かだが、こんな写真があるはずがない。もしこれが本物なら忘れるはずがない。あまりのことで記憶から抜けてしまったのか。まっいか、そのうち思い出すことだろう。封がしてある手紙の方を開けてみた。
「突然手紙を書きます。加代子さんにこんなことお知らせするのは気が引けるのですが、どうしても黙っていることができません。貴女のお母様のことです。というのは同級生の山際光二と貴女のお母様が一緒にいるところを見てしまったのです。あいつは貴女を騙しています。加代子さん、あいつと付き合わないでください。お願いします」
何だこれは、てっきり彼女に出し損ねたラブレターぐらいにしか思っていなかった俺は戸惑ってしまった。これは告げ口じゃあないか。それに彼女の母親に対しての中傷だ。なぜこんな手紙を……。
彼女の母親は美人というより妖艶といっていいほどで、二人で歩いているところなど姉妹に見えるほど若々しかった。三年前に夫を交通事故で亡くしていた。新聞販売店を経営していた夫に代わって店を引き継いで、俺も中学まではそこでバイトをしていた関係上、ある程度は事情は知っていた。彼女の母親はそのころ脳梗塞で半身麻痺になった義母の面倒をみてたはず。義母は軽い痴呆症も患いヘルパーさんも週に何度か定期的にきていた。
光二と加代子の母親が一緒にいたのを見たぐらいでこんな手紙を書くなんて当時の俺はどうかしていたのだ。
電話だ。誰からだせっかくの休みの日なのに。
「はい、もしもし」
電話の主は直属の上司石木田からだった。
「おっ。山田か? 悪いなー、休みのところ。明日出張頼めないかな?」
「えっ。明日ですか?」
小さな出版社で給料といってもバイトに毛がはえた程度だが、好きな旅の紀行文を書かせてもらい、ある程度のわがままも聞いてくれるから文句も言えないが。
「急で悪いけどな。佐藤が行くはずだったけどなあいつインフルエンザにかかってさ。まったく健康管理もできやしねえ。一泊二日ってことで頼む。ページの穴埋めってこと・・。まあ。そこんとこは適当に濁してくれればいいからさ」
福島県の会津か。何年ぶりだろう会津に行くのは、故郷と言えなくもないが、
あまりいい思い出はないが。しようがない。
「分かりましたー。任せて下さい。佐藤に言ってくださいようー。貸しだって」
しばらく迷ったあげく引越しの整理をやめて、二年前に俺は出席しなかったが、その後送られてきた同窓会名簿を取り出して見た。
松本加代子は姓が大沢に代わっていたが、山際とは結婚はしなかったんだ。なにかしらほっとする気持ちが湧いてきた。
車にしようか電車にしようか? あっちに行っての移動とか考えると車だな、叔父さんから譲ってもらった走行距離八万キロのマツダアテンザまだまだエンジンは快調だ。
遠出は久しぶりだ。
八年ぶりか。別に懐かしい分けじゃないが、ここまで来たんだ当たりを一周してみよう。
つづく
ださなかつたてがみ、はいけんしたよ、つぎたのしみ
ありがとうございます。
出さなかった紙、なかなか意味深な感じで先が楽しみです。どうゆう展開になるか。
ごめんなさい。開いてなかった。コメントありがとう。